心感デッサン2026.1.4 By frogmorton

心感デッサン

2026.1.10

by frogmorton   

  -諸君 に 告ぐ-

心感 が ざわつくので

 記す 事に する

現実 に 身を 投じながら

 非現実 『自己思考』の 中

何故 心病む 人 は

 自死 を 叫ぶ か

非業率な 現実社会に

  身も心も 委ね

雑踏 に まるで 浮き草 の

 如し 流され 嘆く

産まれるのは 『切望』

 繋がり往くは 自死 願望

肉眼で 見える この世 こそ

 本物 だ と 錯覚 す

本日 二つ の 木々 を 視た

 ひとつは 斜陽 を 浴びて

満たされし 生命 すら 感じ

とても 大きく 成長 していて

 又、一方で 高き塀 に

斜陽を 奪われた 木 は

漆黒の 如く 暗い 細き 小さく か弱い 廃木

 命 削られし 闇 の 終幕

動かぬ者 動ける者 には

 異なる 宿命 が 或る

だが 『共通点』も 存在 す

独房に 入れられた 囚人 は

 陽を 浴びず 日に日に

生命 を 削られ

 ぼろ雑巾 と 化し

どんな 生き物 にも 精通 するは

 必要 たる 『斜陽』であろう

 -魂 の 話 を しようか-

現世 を 己 の『魂心』に

 変幻 させる 術

周りは 幻想 と 化し

 『自己思考』のみ 存在 す

その中には

 宗教、時間、雑踏、感情

全て が 無 と 成り

かつて 暇 と 云う

  思感 が 消え失せ

四方八方 から

 『感性』 の 矢 が 放たれる

忠告だ 『自死』 は

 産まれて初めて 味わう 恐怖

どんな 方法 に せよ

 脳 は 自己生命保持 で

一瞬 我に 返るのだ

 その時 味わう 恐怖 と

スローモーションで 感じる    後悔 を 抱き

時 既に 遅し

  命 尽きるのだ

己 然り

 現世 を まともに 浴び

 精神 を 病んだ 一人

"現実" と 云う

 不合理 な 時間 を

今、 細菌 と 毒素 を

 毛穴中 から 出してゐる

現実主義者 の 落とし穴 は

 『真実』と『確信』を 求む

それ故に 未解決事件 は

 『手がかり無し』で 終了

犯行者 の 『心理』は

 その "心境" に ヒント が或る

見えざる "手がかり" だ

現実主義者だらけの『社会』 には

 『理解不能』の 領域

多方面 から "心理" を

 追及 する 事 なかれ

肉眼 に 写りし 物 を

 幻想 に 変えよ

『魂』のみ の 世界へ 入り

 現世 から 逃れ

底 無き 無限 の 境地

 深く 深く 他方向 より

思考 を 巡らせ 開眼 せよ 

-世界 の マルクス 諸君 に 告ぐ-

 刃物 にも 救い にも

成り得る 『詞』 を

   "魂 と 感性" で

"" に 到達 し いざ、

  羽ばたけ-

#frogmorton

#poet

#poetry

#Japanese

1/10 に編集しました

... もっと見るこの詩は心の奥底にある複雑な感情や精神の動きをリアルに表現しています。私自身も精神的に苦しい時期があり、現実の重さに押し潰されそうになることがありました。そんな時、この作品のように『自己思考』の中で葛藤し、自分の魂と向き合うことが救いとなりました。 特に詩中に描かれる「斜陽を浴びる木」と「斜陽を奪われた木」の対比は、生きるエネルギーの大小や心の状態を強く象徴しています。まるで希望の光を受ける者と閉ざされた者の差を見事に映し出していると感じます。 また、現実主義による『真実』の追求が時として理解を妨げ、心の奥深くにある『魂』の存在を見落としがちな社会の課題にも共感します。私も周囲の期待や現実の厳しさに押され、精神を閉ざしてしまうことがありましたが、詩のように幻想を受け入れて魂の世界に入り込むことで、少しずつ解放される体験をしました。 この心感デッサンを通じて感じたのは、我々が自分の内側にある感性と魂を大切にしなければ、外からの雑踏や困難に流されてしまうということです。筆者が伝える「自死の恐怖」や「後悔」の瞬間は、実体験があればこその説得力がありますし、その痛みを理解することで自己肯定感や生きる意味を再発見できると思います。 詩は抽象的ながらも、我々の心の闇と光、希望と絶望の間に揺れる想いを深くえぐり出してくれます。読み手によって解釈は異なるでしょうが、私にとってはこの詩が自分の心と向き合う大切なきっかけとなりました。皆さんもぜひ、この魂と感性が紡ぐ言葉に触れ、心の在り方を考えてみてください。