眠れない夜の心に刺さった問い

しあわせ?

勇気を振り絞るようなことなんか

もうしなくても、、、

いや

しないほうが

穏やかな日々を送れる大人に

努力してなったはずなのに

その果実を享受することだけでは

「しあわせ」と言い切れず

勇気を振り絞ることばかりしている自分は

賢い選択ができていない大人な気がして

居心地のよいなにかを求めたくなるときもあるけど

他人任せに

そんな日々を繰り返していたら

穏やかではない日々が

少しずつ音を立てて

近づいてきてしまう気がしている。

自分がなにもしなくても

その音が止みそうな気配を察知したときは

私は即座に

勇気を振り絞るのをやめたい。

「それまで、あと何度?」と、誰かに聞きたくなるけど、それは誰にも分からない。

本当は「勇気を振り絞っても、自分では変えることができない物事と対峙したときに、あと何度、悔しい想いをしても、めげずにいられるか」のほうの回数を私は知りたい。

その回数こそ、本当に、誰にも、分からないのにね。

6/2 に編集しました

... もっと見るこの文章を読んでいると、「勇気を振り絞ること」と「しあわせ」との関係について考えさせられます。多くの人が人生の中で何度も勇気を出し、困難に立ち向かいますが、それだけで必ずしも心からの幸福感が得られるわけではありません。私自身も、穏やかな日常を手に入れたはずなのに、どこか物足りなさや不安を感じる経験があります。それは、自分の選択が本当に正しかったのか、勇気を出す価値があったのか、答えの出ない問いに悩むからだと思います。 「他人任せにする日々は穏やかではない」との記述に共感します。自らの感情や決断を見つめ直し、逃げずに向き合うことが穏やかな日々を保つ鍵ではないでしょうか。しかし、時にその勇気も重荷になり、休みたくなることもあります。そんな時には、「あと何度勇気を出せるか」という問いが重くのしかかり、先が見えない不安に襲われます。 この文章に引用されている「勇気ってあと何度振り絞ればしあわせになれるか教えてほしい」というモーニング娘。'20の歌詞は、まさにそんな気持ちを代弁しています。人生には変えられないことも多く、その中でどうやって心を折らずに生きていけるのか。私たちにとって最も難しい課題ではないでしょうか。 こうした経験を通じて学んだのは、幸せや勇気は数値化できるものではなく、一人ひとりが自分自身の歩幅で探していくしかない、ということです。だからこそ、焦らず時には立ち止まり、自分の心の声に耳を傾けることが大切だと感じます。この文章はそんな思考の旅路を優しく照らしてくれるものとして、同じように悩みを抱える人たちに寄り添う力があると思います。