第4章:「私は賭けていない」
北条真緒は、損切りしたあとも、落ち着かなかった。
損を確定したのは正しい。
頭では分かっている。
なのに胸の奥に、鉛みたいな重さが残る。
それはきっと、損失じゃない。
“置いていかれた”感覚だ。
職場のデスクに座り、画面の端に映る自分の顔が少しだけ青白いことに気づいて、真緒はそっと息を整えた。
このままだと、また揺れる。
揺れて、また誰かの言葉で動く。
――だから、自分の言葉を持つ。
真緒は小さなノートを開いた。
ページの一番上に、太めのペンで書く。
「私は賭けていない。決めている。」
文字にすると、少しだけ呼吸が楽になった。
賭けるの は、運。
決めるのは、自分。
次に、昨日の出来事を箇条書きにした。
・一万円で買った
・翌朝、-1,240円
・グループは「買い増し」
・私は売った
・損は-1,380円
たったこれだけ。
でも、整理されると不思議と心が静かになる。
“説明”は要らない。
“記録”があればいい。
真緒は続けて書いた。
「ルール:知らない人の“期限つき確定”は信じない」
「ルール:スタンプで意思表示しない(流される)」
「ルール:買う前に“終わらせ方”を書く」
書き終えた瞬間、スマホが震えた。
グループからだ。
見るな、と自分で決めたのに、通知の赤丸は目に刺さる。
真緒は深呼吸して、通知を長押しし、ミュートにした。
音を消すだけで、世界が少し静かになった。
その昼、真緒の隣の席から声がした。
「真緒、顔色悪いよ。大丈夫?」
美咲だ。
昨日、彼女をグループに引き込んだ張本人。
真緒は笑って誤魔化そうとしたが、口角が上がらない。
「…ちょっと寝不足」
「投資?(笑)」
笑いながら言う美咲の瞳が、妙に明るい。
“勝ってる人”の光だ。
真緒はその光に、昨夜の自分が引っ張られたことを思い出す。
