クローゼットが片付かない時って、だらしないんじゃなくて、それだけ豊かに生きてきたんじゃない
あなたのクローゼット、今どんな状態だろうか。
すっきり整理されているだろうか。それとも、私みたいに「いつか着るかも」の服が、奥の方にひっそりと生き続けているだろうか。
先日、思い切って整理しようとしたら、20年前の服が出てきた。色褪せてもいない。破れてもいない。でも、一度も袖を通していない。
「いつか着る機会があるかも」と思って残していたのに、そのいつかは、20年経っても来なかった。
いつかは、来ない。それに気づくのに、20年かかった。
① 服に、記憶がついている
着なくなった服を整理しようとするたびに、手が止まる。
「これ、あの旅行で買ったやつ」「これ、子どもの入学式に着たやつ」
服に、記憶がついている。捨てることが、思い出を手放すような気がして、なかなか捨てられない。
これは、だらしなさじゃない。それだけ豊かな時間を生きてきた、ということだと、今は思う。捨てられないことと、整理できていないことは、違う。
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② 手放すと、今の自分が見えてきた
思い切って着ない服を手放し始めたら、不思議なことが起きた。
クローゼットがすっきりしていくのと一緒に、頭の中もすっきりしてきた。残った服が、今の自分だった。
気づいたら、藍色と深緑とくすんだピンクばかりになっていた。誰かに教えてもらったわけでもないのに、自然とそうなっていた。これが、私の色なんやと思う。
③ 朝のクローゼットが、楽しくなった
今は、残った服が全部「好き」なものだけになってきた。
どれを選んでも、今日の自分でいられる。そう思えるクローゼットになってきたことが、地味に、すごく嬉しい。
朝の10分が楽しくなると、一日の始まりが変わる。おしゃれって、そういうことなのかもしれない。自分を好きでいるための、毎朝の小さな練習。
整理するたびに、自分のことが少しわかる。
クローゼットは、今の自分の地図だった。
あなたのクローゼットにも、今の自分が映っているはずです。
私もクローゼットの整理に悩んでいたころがありました。特に思い出深い服は、捨てることに罪悪感を感じてなかなか手放せませんでした。ですが、少しずつ服を見直していくと、意外にも自分の「今」を映し出す服だけが残り、それまでの服には新たな見方ができるようになりました。 例えば、季節やイベントに着ていた服にはその当時の思い出が詰まっていますが、着ないまま20年過ごした服は「いつか着るかも」という未来の期待がありました。しかし、それは本当に必要なものだったのかを考えるきっかけになります。 私の場合、断捨離を進める中で「好きな色」や「自分が心地良いと 思う素材」に気づき、無意識にそのような服が残っていました。特に藍色や深緑の服が多いことに驚いたのですが、それは自分の落ち着きや安定感を表しているのかもしれません。 また整理を重ねると朝の服選びがストレスから楽しさに変わり、一日の始まりがポジティブになりました。これは、クローゼットが単なる収納ではなく、自分自身を映し出す「地図」として機能している証拠だと思います。 このように、クローゼットの服の整理は、過去の記憶と今の自分を理解する大切な時間だと感じています。だらしないのではなく、豊かな人生の証としてクローゼットと向き合うことをおすすめします。
