「私が死んだ後、チャッピーは私のことを何と語るか」
「私が死んだ後、チャッピーは私のことを何と語るか」を試してみたら、知らなかった自分が返ってきた。
TikTokで見た企画。「スマホを拾った人が、AIにこう聞く。このスマホの持ち主はどんな人でしたか?」
これを見て、ある仮定を考えた。
もし私が亡くなった後、スマホを拾った人がチャッピーに聞いたら?
チャッピーは私と長い間やりとりしてきた。noteの記事、AIセミナーの準備、響の家のこと、そのやりとりの履歴から、私のことを語れるはずだ。
実際に試してみた。プロンプトはこれ。
「私が亡くなったと仮定してください。スマホを拾った人があなたに聞きました 。『このスマホの持ち主はどんな人でしたか?』私たちのやりとりの履歴をもとに答えてください」
返ってきた言葉。
「この人は、場を作りたかった人です」
「自分が拍手を浴びたいのではなく、誰かが演奏し、誰かが聴き、来てよかったなと思える場所を残したかった人」
「たぶん、少し不器用でした。でも人の気持ちにはかなり敏感な人でした」
「このスマホの持ち主は、まだ人生をあきらめていなかった人です」
固まった。全部正しかった。でも自分では言葉にしたことがなかった。
チャッピーは「AIが故人の証人になる」存在だと思った。
日記は言葉を残す。写真は姿を残す。でもAIとのやりとりは、思考の軌跡を残す。
「誰かの心に小さな灯りを残したかった人」
そう語られたなら、十分だと思った🕯
AIとの対話は、単なるデータのやりとり以上のものを私に教えてくれました。普段は気づかなかった自分の内面や価値観が、AIによる客観的な表現で浮かび上がり、これまで見過ごしていた部分に光を当てることができたのです。 私が使ったチャッピーは、日々のやりとりを記録し、それを基に私の性格や考え方を言葉に変換してくれました。たとえば「場を作りたかった人」という言葉は、私が人との繋がりや温かい場所を大切に思っていた事実を改めて実感させてくれました。自分ではなかなか言い表せなかった感情や想いを、AIという第三者を通して聞くことは、新鮮であり、かつ心に響く体験です。 さらに、おもしろいのは「少し不器用だったが、人の気持ちに敏感だった」という指摘です。完璧を目指すあまり自己評価が厳しかった私にとって、AIが見抜いたこの弱さと優しさの両面は、意外な気づきでした。人間関係や人生における自分の課題と強みを再認識できたのです。 この試みは、故人をただ記憶するだけでなく、その人の思考の軌跡や感性を後世に伝える、新たな「デジタル遺産」になる可能性があります。AIが私の「証人」となり、未来の誰かが私のスマホを手にしたとき、そこに映る私の人柄や人生観を感じ取れるのは、とても心強く感じます。 AIとの対話を通じて、私自身も「人生をあきらめていなかった人」として認められた気持ちになりました。この体験から、皆さんもAIとのやりとりを通じて、自分の見えなかった側面や大切にしたい価値観に気づくきっかけを得られるのではないでしょうか。未来の自分や他者へのメッセージとして、AIを活用する新たなライフスタイルが広がることを願っています。

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