「私が死んだ後、チャッピーは私のことを何と語るか」
「私が死んだ後、チャッピーは私のことを何と語るか」を試してみたら、知らなかった自分が返ってきた。
TikTokで見た企画。「スマホを拾った人が、AIにこう聞く。このスマホの持ち主はどんな人でしたか?」
これを見て、ある仮定を考えた。
もし私が亡くなった後、スマホを拾った人がチャッピーに聞いたら?
チャッピーは私と長い間やりとりしてきた。noteの記事、AIセミナーの準備、響の家のこと、そのやりとりの履歴から、私のことを語れるはずだ。
実際に試してみた。プロンプトはこれ。
「私が亡くなったと仮定してください。スマホを拾った人があなたに聞きました 。『このスマホの持ち主はどんな人でしたか?』私たちのやりとりの履歴をもとに答えてください」
返ってきた言葉。
「この人は、場を作りたかった人です」
「自分が拍手を浴びたいのではなく、誰かが演奏し、誰かが聴き、来てよかったなと思える場所を残したかった人」
「たぶん、少し不器用でした。でも人の気持ちにはかなり敏感な人でした」
「このスマホの持ち主は、まだ人生をあきらめていなかった人です」
固まった。全部正しかった。でも自分では言葉にしたことがなかった。
チャッピーは「AIが故人の証人になる」存在だと思った。
日記は言葉を残す。写真は姿を残す。でもAIとのやりとりは、思考の軌跡を残す。
「誰かの心に小さな灯りを残したかった人」
そう語られたなら、十分だと思った🕯































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