この世の中って、もう自由になんでもいいことも悪いことも、発信、発言しまくってる社会なんじゃないのかな。
表面的には、みんな大丈夫そうだけど、
意外とみんなシリアスな、状況だったりして、
生物基礎なんかやったことねぇわ、
「関電シエリア いじめ」という言葉を最初に目にしたのは、電柱に貼られた抗議ポスターでした。大きく“いじめやめろ”と書かれていて、通りすがりでも一瞬で内容が入ってくる強さがありました。周りは普通の街並みで、自転車が停まっていたり、人が歩く広場やバス停があったりして、いわゆる“日常の風景”なんですよね。だからこそ、その言葉だけが浮いて見えて、変にリアルでした。 こういう貼り紙って、真偽はその場では分からないのに、見た側の気持ちを一気に引っ張ります。SNSでも同じで、強い言葉ほど拡散されやすいし、受け取った側は「何が起きてるの?」と想像してしまう。表面的にはみんな普通に過ごしているのに、どこかで深刻な状況が起きているかもしれない…という不安を、私はこの貼り紙で急に突きつけられた感覚でした。 ただ、ここで難しいのが「誰かを特定して断定しない」こと。貼り紙の内容が事実かどうか、当事者が誰なのかは、外からは判断できません。だから私は、見聞きした情報をそのまま鵜呑みにするというより、「問題があるなら適切な窓口に繋がってほしい」と思いました。マンション内の管理会社・管理組合、警察(脅迫や器物損壊に当たる可能性がある場合)、自治体の相談窓口など、ルートはいくつかあります。 もし同じような言葉を見かけた人は、まずは深呼吸して、写真を撮るなら“場所が特定されすぎないように”配慮しつつ、むやみに拡散しないのが無難だと思います。強い告発は、救いになることもあれば、関係ない住民や周辺のお店にまで影響が広がることもあるからです。 私はあの日、バス停の標識や車の多い道路、広場のベンチみたいな「いつもの街のディテール」と、貼り紙の強いメッセージのギャップがずっと頭に残りました。自由に発信できる時代だからこそ、受け手として“事実確認”と“人を傷つけない距離感”の両方を忘れないようにしたいです。




自由と好き勝手にやって良いのとは意味が全く違うのですけどね…理解してない方が多過ぎて閉口します🤦♀️💧