息子をいじめた奴らへ
いじめを受けた子の気持ちは、外から見える以上に「怖い」「恥ずかしい」「自分が悪いのかも」という感情でいっぱいになりがちだと感じました。うちの子も、嫌なことをされていないか聞くと「俺が上手くできないから注意されてるだけ」と自分を責める言い方をしていて、親として胸が苦しかったです。いじめられっ子は“助けて”が言えません。言ったらもっと笑われる、嫌がられる、仕返しがくるかもしれない…と想像して、黙ってしまうからです。 私が後から「こうしておけば良かった」「これはやって良かった」と思うのは、①事実を小さくメモする、②学校との窓口を一本化する、③子どもに“選択肢”を渡す、の3つです。まず、いつ・どこで・誰が・何をした(傘で叩かれた、石を投げつけられた、雨の日に突き飛ばされた等)を短く記録しました。感情より事実が残ると、学校に相談するときに話がブレにくいです。 次に、連絡帳や面談で担任・顧問・支援級担任など関係者に伝えるときは、「今後の見守りポイント」と「連絡方法」を決めました。例えば“帰宅後の様子が荒れる日がある”“特定の場所を避けている”など、こちらが気づいたサインを共有して、学校側の観察とつなげます。 そして一番大事だったのが、子どもを追い詰めない声かけです。「なんで言わないの?」ではなく、「言いにくかったよね」「守るために大人が動くよ」と伝えました。先生に話すかどうかも、いきなり結論を迫らずに「今は私だけが知ってる状態にする?」「先生に“様子だけ見てほしい”と伝える?」みたいに段階を作ると、子どもが“主導権を奪われた”と感じにくいです。 いじめに“因果応報”があるかは正直わかりません。ただ、確実に言えるのは、いじめた側の記憶が薄れても、受けた側の記憶は残りやすいということ。だからこそ、回復のために「安心できる場所」と「成功体験」を積み直す時間が必要でした。うちの子は環境が変わり、友達や先生に恵まれて穏やかに過ごせるようになっていきました。 最後に、もし気持ちのケアを体系的に学びたいなら、青少年ケアやストレスカウンセリング系の通信講座を“親の学び”として検討するのも一つでした。資格が目的というより、傾聴の型、トラウマ反応の理解、学校との連携の仕方などが整理され、家庭での声かけが安定します。 小学生向けの「いじめ標語」を考えるなら、私は難しい言葉より短くて自分ごとになる表現が好きです。例としては「わらったら それはいじめかも」「見て見ぬふりも くるしさをふやす」「やめての一言が たすけになる」。大人も子どもも、“止める言葉”を持っているだけで行動が変わることがあります。































よく頑張りましたね。息子さん。 偉かったね。