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Different from the infinite train. One frame

2025/8/6 Edited to

... Read more無限列車編って、列車の中の激闘だけじゃなくて「戦いが終わった後の喪失感」まで込みで記憶に残りますよね。私がこの“無限列車とは違う一コマ”の鬼滅の刃イラスト(ファンアート)で刺さったのは、煉獄さん本人よりも「周りの感情」が前面に出ているところでした。 描かれているのは、煉獄の母が迎えに来て三途の川を渡ろうとする場面。そこで炭治郎と伊之助が見つけてしまい、泣きながら「つれてかないで」と縋りつく…という流れです。原作の無限列車の後って、炭治郎たちは前に進むしかないのに、心は置いていかれたままな感じがあるじゃないですか。この一連のコマは、その「追いつけない気持ち」を可視化してくれるのが本当に上手いなと思いました。 特に印象的だったのが、涙と血で顔が汚れた煉獄が苦しそうにしていて、母が「どうする?」と問いかけるシーン。ここ、答えが用意されていないぶん、見る側が勝手に想像してしまうんです。「まだやり残したことがある」「責務を果たしなさい」という言葉も、説教っぽくなくて背中を押す感じ。無限列車のラストで煉獄さんが見せた“強さ”とは別の形で、母の存在が支えになっているのが伝わりました。 あと、右端に煉獄の姿が一部だけ見えるカットがあるのもニクい演出。全身を見せないことで“もうこちら側の人じゃない”距離感が出て、炭治郎と伊之助の必死さが余計に際立つんですよね。 「無限列車 雑魚鬼」みたいな検索をして辿り着く人って、戦闘の強さ議論だけじゃなくて、編全体の感情の整理をしたい人も多いと思います。雑魚鬼(下弦の壱・魘夢配下)の存在は確かに“強敵感”より“理不尽さ”が際立つけど、その理不尽さがあったからこそ、煉獄さんの覚悟や炭治郎たちの悔しさが濃く残る。だからこそ、こういう「もしも迎えが来たら」「引き留めてしまったら」という二次創作の一コマが、心の穴をそっとなぞってくれるんだと思いました。 最後に、下段で善逸も含めて3人が走って戻っていく描写があるのも救いでした。泣いて縋ったあとでも、ちゃんと“戻る”選択をしている。無限列車編の悲しさを抱えたままでも前に進む、鬼滅の刃らしい後味があって、見終わったあとに少し呼吸がしやすくなりました。