ピオニウォーク東松山の水没から見えた都市計画の隙間——開発許可と責任の所在を考える
はじめに——水没から年月を経て現地を訪れて
令和元年東日本台風から長い時間が経った。ようやく私は、東松山市のピオニウォーク東松山を訪れた。台風で水没して以来、初めて足を運んだその場所で、私はいくつもの違和感を覚えた。そして、それが単なる個人的な感想で終わるものではないのではないか、と考え始めた。ピオニウォークは、高坂駅東口周辺に広がる大規模な商業施設だ。あずま町四丁目に位置し、モール本体をはじめ、複数の建物が並んでいる。現地を歩いてまず目についたのは、建物がひとつにまとまっているのではなく、複数の棟に分かれ、しかも少し離れた場所や異なる区画に広がっているように見える点だった。見た目には一体の商業エリアだが、物理的にも法的にも、複数の「異なる建物」「異 なる地域」に分かれている印象を強く受けた。この分かれ方を見た瞬間、頭に浮かんだのが「都市計画法に基づく開発許可の逃れではないか」という疑問だった。便利で賑わいのある商業施設の裏側に、制度の隙間が潜んでいるのではないか。そんな思いが、私の中で次第に大きくなっていった。
ピオニウォークの立地と建物の分かれ方
ピオニウォーク東松山は、都市再生機構が進めた「むさし緑園都市」高坂駅東口第二地区の土地区画整理事業の中核施設として、2010年に開業した。計画的に整備された側面が強い施設であることは確かだ。しかし、実際に現地を歩いてみると、モール本体、家電量販店の棟、その他の商業施設が、完全に一体ではなく、複数の建物として独立しているように感じられた。駐車場も広範囲に広がり、建物同士の接続が必ずしも密接ではない。こうした形態は、商業施設の運営上の都合によるものかもしれない。しかし、都市計画の観点から見ると、別の解釈も成り立つ。開発規模を分割し、複数の事業者や複数の敷地に分けることで、開発許可のハードルを下げたり、場合によっては許可自体を回避したりする手法が、過去に問題視された事例はある。もし全体を一体の大規模開発として扱っていたら、もっと厳格な治水対策が求められていたのではないか。この疑問は、現地を見て以降、私の中で消えることがなかった。
都市計画法と開発許可の仕組み
都市計画法では、一定規模以上の開発行為を行う場合、開発許可が必要になる。特に市街化調整区域では、原則として開発が抑制されている。許可を得るには 、厳しい技術基準をクリアしなければならない。具体的には、雨水を一時的に貯める調整池の設置、詳細な排水計画の策定、建築物の構造安全性の確保などが求められる。これらは、大雨時の浸水リスクを低減するための重要な仕組みだ。調整池が適切に設置されていれば、集中豪雨時に一気に河川へ流れ込む水量を抑えられる。排水計画がしっかりしていれば、内水氾濫の危険も減る。しかし、開発規模を小さく分割したり、複数の建物に分けたりすることで、これらの基準が緩く適用される可能性がある。結果として、本来必要だったはずの総合的な治水対策が、十分に担保されないケースが出てくる。ピオニウォーク周辺の施設群が、意図的に複数の建物・複数の区画に分かれて整備されたのであれば、そうした懸念は現実味を帯びる。もちろん、これは私の推測に過ぎない。公式な資料を確認しない限り、断定はできない。しかし、現地の様子を見る限り、その可能性を完全に否定することは難しいと感じた。
令和元年東日本台風による被害の実態
実際、令和元年東日本台風では都幾川の堤防が決壊し、早俣地区を中心に甚大な浸水被害が発生した。あずま町四丁目でも一部が浸水し、ピオニウォークは1階で約30センチ程度の浸水被害を受け、長期の休業を余儀なくされた。主因は外水氾濫、つまり河川からの氾濫であることは間違いない。堤防が決壊した以上、周辺の施設がどれだけ対策をしていても、被害を完全に防ぐことは難しかっただろう。しかし、周辺の都市化が進み、雨水の流出量が増えていた可能性、内水の排水能力が追いついていなかった可能性は、否定 しきれない。近隣の他の商業施設では被害が軽微だったところもある。地形的な境界付近だったことも影響しているだろう。それでも、ピオニウォークが被害を受けた事実は重い。商業施設として多くの人が集まる場所が浸水したことは、単なる建物の損害を超えた意味を持つ。
許可権限の所在——市と県の関係
ここでさらに気になるのが、許可権限の所在である。東松山市では、現在は開発許可の権限が市に移譲されている。市の住宅建築課が窓口だ。しかし、過去には埼玉県が直接扱っていた時期があり、調整区域での大規模施設の立地が比較的進みやすい環境だった可能性は否定できない。市街化調整区域は本来「市街化を抑制すべき区域」だ。そこに学校や大学、ショッピングモールが次々と立地してしまうのは、制度の運用に何らかの緩さがあったからではないか。経済活性化や地域振興を優先するあまり、長期的な治水や防災の視点が後回しにされる。こうした優先順位の歪みが、台風のような極端な気象現象の際に顕在化する。都市計画法の趣旨は、無秩序な開発を防ぎ、計画的な市街地形成と防災を両立させることにある。にもかかわらず、調整区域に大型施設が立ち並び、結果として水害時に大きな被害が出る。これは東松山市に限った話ではなく、全国各地で見られる構造的な問題でもある。
公式な確認を求めて——照会中の現状
私は、この疑問を放置したくなかった。そこで、公式に確認を取ることにした。現在、国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所に対して、都幾川決壊に伴う被害額の概要と、河川管理上の 責任の所在について照会中である。都幾川は荒川水系に属し、決壊箇所の管理責任や調査結果を把握しているのは同事務所だ。あわせて、東松山市都市計画課にも、市内の被害額と、都市計画・開発許可の観点から見た責任の所在について照会を出している。被害の全容がどれだけ正確に把握され、公開されているのか。開発の過程で治水対策がどう検討されたのか。こうした点を明らかにしていくことが、同じような被害を繰り返さないための第一歩だと考える。回答がすぐに得られるかはわからない。行政は慎重で、責任を明確に認める表現を避ける傾向がある。それでも、公式に質問を投げかけること自体に意味がある。文書として記録を残すことで、後から検証可能な形にできる。
水害を「天災」で片付けないために
水害は「天災」として片付けられがちだ。確かに、令和元年東日本台風の雨量は観測史上稀に見る規模だった。しかし、堤防の高さや強度、周辺の土地利用、排水計画の妥当性は、人間の選択の結果でもある。開発許可の基準をどう運用するか、調整区域での立地をどこまで認めるか——これらは政策判断だ。判断の結果として被害が拡大したのであれば、その責任の所在を曖昧にしたままでは、教訓は活かされない。気候変動の影響で、極端な降雨は今後も増える可能性が高い。そのときに「開発の仕方を見直しておけばよかった」と後悔しないために、今できることを積み重ねたい。現地を歩いて感じたのは、商業施設としての賑わいと、かつての水害の痕跡が同居する奇妙な空気だった。建物は修復され、営業は再開している。しかし、床下や設備の どこかに、浸水の記憶が残っているはずだ。訪れる人々の多くは、その記憶を知らないか、すでに風化させているかもしれない。
今後のアプローチと私の考え
私は、この経験を単なる個人の感想で終わらせたくない。都市計画法の隙間、開発許可の運用、権限の所在、そして被害額と責任の明確化——これらを問い続けることで、少しでも防災の意識を高めたい。荒川上流河川事務所と東松山市役所からの回答を待ちつつ、必要であれば情報公開請求や県への照会、議員への相談など、さらにアプローチを広げていくつもりだ。マスコミに情報を提供したり、専門家の意見を聞いたりすることも検討している。便利さと安全性のバランスを、もっと真剣に考えるべきだ。ピオニウォークの水没が教えてくれたのは、そのごく当たり前の教訓だった。制度の隙間を埋め、責任の所在を明らかにすることが、次の水害を防ぐための第一歩になる。私はその過程を、これからも見守り、問い続けていきたい。
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多言語スピリチュアルAI研究所
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