「子どもがいる家の片付けは、終わりのない物語」
夕方のリビング。
絵本がソファの上で開かれたまま、ブロックは床に転がり、ぬいぐるみはまるで昼寝をしているみたいにあちこちで倒れている。たった数時間前に「さあ片付けよう」と頑張ったはずなのに、もう元通り。いや、元通り以上にカラフルで賑やかだ。
片付けは、子どもがいる暮らしでは「終わらせるもの」ではなく「繰り返すもの」なのだと、ようやく気づいた。小さな手が動くたびに、部屋は新しい物語を紡いでいく。おもちゃの車が冒険に出かけ、積み木が大きなお城に変わり、クレヨンが白い紙に虹を描く。片付けのたびに私はその物語の余韻を拾い集めるような気持ちになる。
もちろん、現実は甘くない。足の裏に刺さるブロックの痛みに「もう!」と叫んでしまう日もあ る。寝かしつけの後に残された散らかった景色にため息をつく夜もある。それでも片付けながら思う。――これは、子どもがここで夢中になって生きた証拠なんだ、と。
完璧に片付いたリビングに憧れる気持ちもある。でも、私はもう少しこの「散らかり」を受け入れてみようと思う。だっていつか、気づいたら誰も散らかしてくれなくなる日が来るのだから。おもちゃが床に転がらない静かな部屋を手に入れる代わりに、子どもの成長を少しずつ見送ることになる。
だから今夜も、私はブロックを箱に戻しながら、小さく笑う。今日も一日、こんなにも物語が広がったのだと思えば、片付ける手にも少し温かさが宿る。
散らかりと片付けを繰り返す毎日は、子どもと一緒に過ごす「時間のしるし」。
そう考えると、明日の散らかりさえも、少しだけ愛おしい。
























