心の愛犬と感動の再開🐶♥️
彼の名はリアン(絆)という名のヨークシャーテリアの男の子。凛太郎(りんたろう)を迎える前に半年僕と暮らしていた彼と2年ぶりに再開しました。彼は生まれながら腰の無くてはならない骨が無かった。レントゲンで発覚後、大学病院でMRIなど専門医に見てもらい、若いので、筋肉で骨を支えてる状態で、歳を重ねると、何かの衝撃で下半身付随になる可能性が高いと告げられた。ショックのあまり言葉が出なかった。一般家庭でケアできるようなレベルでないと。その経緯から、泣きながらブリーダーさんへお返しした子です。自分が見捨てたんではないか、罪悪感がずっとあった。でも、今日先方のご厚意で、再開が叶いました。彼はノブ(信長)という名前で、新しい家族として複数のヨークシャーテリア組のリーダー的存在で知識のあるブリーダーさんの家庭で大切にされてる、幸せに暮らしてる姿をみて、心のつかえが晴れたというか、本当に良かった。
リアンは僕の事を忘れてたみたいだったけど、しばらくしたら、僕を認識してくれて、飛びついてきてくれた!
切ない気持ちもあったが、それを上回る嬉しさもあった。
また、彼と再開できるし、何かあったらできる限りの支援はするつもりです。
今日は、特別な日でした。
犬の映画や小説(『HACHI 約束の犬』『僕のワンダフル・ライフ』『星守る犬』みたいな作品)を観たあとって、心の奥がじんわり温かくなる反面、「もし自分の犬だったら…」って現実の記憶も一緒に引っ張り出されませんか。今回の再会はまさにそれで、「あなたに会えて」「言葉にできない」って気持ちが何度も頭の中でリピートしました。 正直、再会する前はいろんな想像をしていました。覚えていてくれたら嬉しい、でも忘れていても当然だよな…って。犬って人間みたいに過去を“物語”として語らないけれど、匂いや声、触れ方で一気に思い出すことがあると聞きます。最初はあっさりしていても、少し時間が経った瞬間にスイッチが入るみたいに距離が縮まることがあって、私もそれを体験しました。飛びついてきてくれたとき、胸がぎゅっとなって、ほんとうに言葉にできなかったです。 「手放す」という選択は、外から見ると冷たく見えるかもしれません。でも、医師からの説明を受けて、一般家庭でのケアの限界や将来起こりうるリスクを考えた上で、より安全に暮らせる場所へ繋ぐのは“見捨てる”のとは違うと思います。犬にとって必要なのは、気合いよりも継続できる環境と医療アクセスで、そこが整っている家庭に行けたのなら、その判断自体が愛情の形だったんだと、時間が経ってから理解できました。 もし似た経験で胸が苦しい人がいたら、次の3つをおすすめしたいです。 1つ目は「事実を記録する」こと。診断内容、当時の判断理由、犬の様子を書き残すと、罪悪感が“曖昧な自責”から“具体的な出来事”に変わって、少し整理できます。 2つ目は「再会や近況共有の窓口を作る」こと。ブリーダーさんや譲渡先と、無理のない範囲で写真だけでも共有できると、心のつかえが軽くなります。 3つ目は「支援できる形を決める」こと。医療費の一部、通院時の送迎、フードの差し入れなど、できる範囲を事前に決めておくと、感情に振り回されず行動に落とし込めます。 映画の感動話みたいに劇的な結末じゃなくても、現実の“再会”は十分に尊いです。今日という「特別な日」を胸に、これからも見守れる関係が続くといいなと思っています。
































