親の死に目より旅行😱💦
「親の死に目に会えなくても、旅行に行きます」
施設の方にそう伝えた時の、私の葛藤と、母から言われた「ある言葉」は下へ👇
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動画を見てくれてありがとうございます✨
介護をしていると、常に「今日、親が転ぶかもしれない」「急変するかもしれない」と頭の片隅で考えてしまいませんか?
「何かあるかも」という不安で自分の予定が全く立てられず、常に待機し続ける日々。
これを私は「介護の待機地獄」と呼んでいます。
今、私の父は施設で看取りの段階に入っており、実家に いる85歳の母もサポートが必要な状態です。
でも、夫がリタイアして、何十年間も家族のために働いてくれた彼を、どうしても好きな温泉に連れて行ってあげたい。
だから、思い切って施設の方に伝えました。
「月末に一泊で旅行に行くので、万が一の時にも駆けつけられません」と。
怒られるかとドキドキしましたが、施設の方は「どうぞ行ってらしてください」と優しく送り出してくれました。
それでも、私の中には「親の死に目に会えないかもしれないなんて、私はひどい娘なんじゃないか」という強い罪悪感がありました。
でも、そのことを実家の母に正直に話した時、母はこう言ってくれたんです。
「一泊で申し訳ないね。せっかく何十年も勤めた旦那さんと行くんだから、ぜひ楽しんできてほしい。生きている人の方が優先だから、精一杯楽しんできて」
この言葉に、私はどれだけ救われたか分かりません😭✨
「親の看取りの期間だけ我慢すればいい」と思うかもしれませんが、父のことが終わっても、次は母のこと、そして自分たちの老後と、人生はどんどん進んでいきます。
「世間の目」や「完璧な娘という理想の枠」に自分を縛り付けて、後になってから「親のせいで何もできなかった」と誰かのせいにするのは絶対に嫌だと思ったんです。
すべてを完璧に選ぶことはできません。
で も、後ろめたさがあっても、自分で決断して自分の人生を選び取っていく。
「生きている人(自分たち)の人生」を、もっと最優先にしていいんです🌿✨
👇皆さんに質問です!
介護や親のことで「自分の時間を諦めてしまっていること」、ありませんか?
または、親や周りの人から言われて「心がスッと軽くなった言葉」があれば、ぜひ教えてください。
コメント欄で、日頃のモヤモヤを全部吐き出していってくださいね✨
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アラカンともこ👉@tomoko_secondlife
50代のリアルな悩みや挑戦、親の介護の裏話など、お料理しながら毎日楽しくお話ししています😊
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親の介護を続けていると、「介護の待機地獄」「世間の目を気にすることで判断が鈍る」などの苦しい状況に直面します。私自身も同じように、親の急変に備えて自分の予定を立てられず、日々の生活が制限されていました。だからこそ、介護と自分の人生のバランスをどう取るかは、非常に悩ましいテーマです。 実際に、「親の死に目に会えないかもしれない」という罪悪感を抱きながらも、夫と旅行に行く決断をしたとき、施設の方からの温かい言葉に救われました。この経験は、完璧な介護を理想とせず、現実的な自分の人生を最優先に考える勇気を与えてくれます。 また、母からの「生きている人の方が優先」という言葉は、介護に追われる人にとって心の支えとなるメッセージです。たとえ介護が大切な役割だとしても、自分の心と体の健康を置き去りにしてしまっては長続きしません。私の経験では、適度に自分の時間を作り、旅行や趣味、リフレッシュの時間を設けることが、介護に対する負担感を軽減し、より良い介護支援につながりました。 さらに、介護は「終わりがない」と言われることもありますが、実際には自分や家族の人生も続きます。世間や周囲の理想を押し付けられて自分を縛るよりも、自分の気持ちに正直に決断を下すことが大切です。私は「完璧な娘」という枠を捨てることで、心の軽さを感じられるようになりました。 この経験から伝えたいのは、介護中でも「自分の人生をあきらめない」こと、そして「誰かのせいにせず自分で選ぶ」ということです。介護者にとっての『待機地獄』はきっと多くの人が感じることですが、そこから抜け出すためには、自分の感情や時間を尊重し、時には周囲と理解を得ながら柔軟に生活を組み立てていくことが最良の道だと感じています。 もし介護や親のことで「自分の時間を諦めてしまっている」方がいたら、どうかその気持ちを大切にしてほしいと思います。時には離れてリフレッシュすることも、結果的に介護する側もされる側も幸せになる秘訣です。コメント欄で皆さんの思いや悩み、心が軽くなった言葉を共有し合うことも、同じ境遇の人にとって大きな支えになるでしょう。

でも最期は看届けたいと私は思います