本家の市さんが、座頭の市さんで按摩を生業としていたのに対し、ICHIでは、三味線引の瞽女(ごぜ)に置き換え描く。監督は『ピンポン』の曽利文彦さん。はっきり明言はしないが、瞽女の市の幼少期に、世話をしたのが座頭の市さんなので、ある種のユニバースを形成している風にも見える。瞽女の市は、恩人座頭市を探して放浪している。綾瀬はるかさんが、市をアクションもこなし演じている。曽利文彦監督も言っているが、しっかり時代劇のセオリーを踏襲しているので、勧善懲悪型の観やすい作品だったと思う。人として大切な何かを見失った市と、剣を抜けなくなったトラウマを抱える侍、藤平十馬(大沢たかお)の旅路か絡み合い悪党「万鬼堂」との戦いに飲み込まれていく。綾瀬はるかさんが、可愛すぎるが故、女として狙われることに、より昔の盲目の女性の生き方の難しさ、過酷さが感じらた。設定上めちゃ強いけど、ほとんどの障害がある方は 、世の中に理解者も少なく、差別されていたんだろうなと考えると、ちょっと胸がチクチクする。なぜか、観終わって5体満足に産み、育ててくれた両親に感謝。
検索している人が気になりそうなのは「これって座頭市とどう違う?」「綾瀬はるかのアクションは本格的?」「時代劇として面白い?」あたりだと思うので、私なりの補足をまとめます。 まず『ICHI(その女、座頭市)』は、いわゆる“座頭市物語”の焼き直しというより、座頭市の要素を受け継ぎつつ置き換えたスピンオフ的な楽しみ方がしやすい作品でした。市が「按摩」ではなく「三味線を弾く瞽女(ごぜ)」として描かれることで、旅芸人としての哀愁や、女性であることの危うさがストレートに入ってきます。作中でも“女座頭市”として狙われる場面があり、強いのに守られにくい立場がしんどくて、観ていて胸が詰まりました。 座頭市との関係性については、はっきり説明しすぎないのが逆に良かったです。幼少期の市を世話した人物が「座頭の市さん」だったように匂わせるので、「座頭市 綾瀬はるか」で検索する人が期待する“つながり”はきちんと感じられます。シリーズを全部知らなくても置いていかれないけど、知っている人ほどニヤッとできる塩梅。 綾瀬はるかさんのアクションは、派手さだけじゃなく“目が見えない剣士の間合い”を意識した動きが印象的でした。刀を抜くまでの静けさ→一気に制圧する流れが気持ちよくて、見せ方が上手い。時代劇でありがちな難しい言い回しや人間関係の複雑さは控えめで、勧善懲悪の軸がはっきりしているので、「時代劇 映画 おすすめ」で探している人にも勧めやすいタイプだと思います。 個人的にグッときたのは、市と藤平十馬(大沢たかお)の“欠けたもの同士”の旅感です。市は大切な何かを見失っているように見え、十馬は剣を抜けないトラウマを抱えている。強さだけを見せる作品ではなく、傷や迷いがちゃんと物語を動かしていました。 最後に、タイトルにもある「愛が見えたら、きっと泣く」というコピーは、観終わるとちょっと刺さります。派手なチャンバラだけを求めるより、時代劇の切なさや人の業も味わいたい人ほど相性が良い映画でした。














