祭りとは人間讃歌である──花園神社で考えた現代のまつりごと
本来祭りってのは祀りであり奉りでもある。でも根底にあるのは人間讃歌だと思う。
祀りとしての神事。特に日本の場合神道と仏教とアミニズムとシャーマニズムが渾然一体となった複雑な宗教観が背景にもあり、それは自然に対する畏敬、祖先に対する親愛、神に対する信仰が複雑に絡み合ったものになってる。
奉りとしての政治。そもそも政治とは政(まつりごと)を治めると書く。そもそも卑弥呼の時代の鬼道からしても、民を導く政治と信仰は不可分だった。
そして時代は21世紀、令和の日本。
祀りでもあり奉りでもあった酉の市には商売繁盛を祈願する商売人、経営者だけでなく、キャバ嬢やホスト、外国人観光客まで含む「祭り 」になっていた。
きっとキャバ嬢やホストの中にも商売繁盛を祈願してる人もいるだろう。芸事の神様も祀ってある花園神社なのでそういう意味での祈願もあるだろう。
でもきっと多くの人々にとって、そんなことはどうでもいいのだ。古代から人間が連綿と紡いできた酉の市、という「祭り」。それはデジタル化された現代の祀りであり、奉りでもあり、そしてそれは世代や文化、国境を越えた「祭り」と言う人間讃歌なのだから。
だからみんなベビーカステラ食べとけ、ってこと。









